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2006年8月31日 (木)

山梨発 コンサート

Dscf1425 山梨県出身のバイオリニスト小林響さんが凱旋コンサートを開かれました。

アルトウール・レブランクという4重奏のコンサートで、ピアノを習っている次男のためにと先日グアムで購入したスイートテン腕時計のお披露目も兼ねて、めかし込んで出かけたわけであります。

「めかしこんだ」のは家内だけで、私は恩師の通夜帰りの格好、子供たちもいやいやながら着せられた服がだらしなく飛び出している有様、

Dscf1426 「緊張」とは程遠い「無関心」さが顔中に現れているコンサート前の表情でした。

無理もありませんで、この日は小学校の行事である「サマースクール」から帰ってきたばかりであって、疲れきっていたところに、大人向きの本格的演奏会なもんで、無理もなかったわけであります。

子供無料とはいえ入り口の注意事項には子供に対する厳重な注意書きが渡され、「おきてからでは遅い」くらいの厳しいお触れに「寝るしかないな」と思ったのは子供だけではなかったようで、大人の私は「いびきかいたら起こしてね」の大人らしい一言を残して心地よいバイオリンの調べの中夢の中の人となったわけであります。

二人の子供ときたら寝床に入ったの如くの寝入り方で、心配していた「おきてからでは遅い」の心配も無事クリアして1曲を聞き終えることができました。

2曲目の終わりで休憩があるからそのときに失礼しようという約束の下はいったわけですが、あまりの子供の眠さかげんに1曲でおいとますることとなりました。

Dscf1429 この日の目的にの一つに終わった後の外食がありました。

夏の疲れを取るためには「焼肉でしょ」ということでコンサートが行われた総合市民会館の正面にある「焼肉清広苑」に飛び込みました。

目が赤くなるほど寝入っていた子供たちの目は目の前に出されたタン塩、カルビを見た瞬間輝きを取り戻し、ニンニクたっぷりの焼肉を煙が充満した店内で動けなくなるくらい充填してまいりました。

Dscf1428 小さめの焼き台で焼く焼肉は昔ながらの焼肉やって感じでゆっくり焼きながら飲めていいねなどと「焼肉奉行」に「徹していた私でありました。

石焼ビビンバに冷麺で締めて家路につきました。

ご馳走様でした。

2006年8月30日 (水)

プライベート 訃報と吉報

全くのプライベートではあります。

「坂純」が他界しました。

「坂本純一先生」は私がしょうがっこう4,5、6年のときに担任であった先生です。

とっても気さくな先生で、給食の時間に教室のテレビで一緒に当時のNHK昼ドラ「鳩子の海」を見たことが思い出されます。「サカジュン」とニックネーム(ただ苗字と名前の頭をとっただけですが)で呼べた先生もそう多くはなかったのではないかと今思います。

最後に会ったのが6年前の小学校の記念事業のときだったかと思います。

謹んでご冥福をお祈りいたします。本日、明日で通夜、葬儀が執り行われます。

続いては吉報です。

この年になると「結婚の招待状」というものは滅多に来なくなるもので、特に同級生からのものとなるとここ数年お目にかかったことがなかったわけですが、来ました、それもついに、返信の葉書に思わず「やったー」と強く書いて送り返してやりました。

結婚の主は「むこくん」でありまして「むこくん」とはいうものの婿ではありませんで、、、

ムコ君も実は坂純の教え子であって同じ日に訃報と吉報が飛び込んできたわけです。

1年に1度12月30日のクラス会でしか会わないむこくんですが、これがまた硬派中の硬派でありまして、昔から彼女らしき人はいたようなのですが年に数回しか会わないというただの面倒くさがりやだけなのかもしれませんが、兎に角この年にしてついに堪忍したといったところでしょうか?

この硬派のむこくんの照れる姿を冷やかしに式に参列してきたいと思います。

ということで本日は吉報と、訃報を非常にプライベートな形でお届けいたしました。

2006年8月29日 (火)

山梨発 フルーツ王国

Dscf1422 ものすごく「でかい」つぶの種無し巨峰が到着しました。

これだけ大きいのは山梨に住んでいてもあまりお目にかかることができないので思わず「セブンスター」と比べてしまいました。

昨晩お世話になっている方が持ってきてくれたのですが、かなり「もったいをつけて」おいていったのでなかなか手に入らない代物なのだと解釈しておきます。

フルーツ王国山梨の真骨頂「ぶどう」のシーズンがやってまいりました。

Dscf1401 どうやって写真に写せば美味しそうに見えるかといろいろ試しては見たものの所詮素人カメラマンがやることです。

フルーツパーラーのデイスプレーには到底飾ってもらえるようなできばえとは程遠いものでした。

自分なりには半分皮をむいたものと、ナイフでカットしたものと、そのままのもので「よし」を出したつもりなのですがこれしきです。

「本当の美味さ」は山梨へきて採れたてを口いっぱいにほおばってみてください。皮までいけちゃう甘さが今年の特色です。「伊勢丹で買うからいいよ」などとしょっぱいことは言わずに秋のこの時期山梨のフルーツの王様食べにきてください。

Dscf1417 ぶどうというと「デラウエアー、巨峰、ピオーネ、甲州などなど」あるわけですが変り種として「世界の葡萄」をここ山梨では味わうことができます。

見た目はあまり美味しそうではないのですが食べてみると種もなく、皮までいただけるものが主流になっております。

年々開発されてきている山梨の葡萄まだまだ中国や、韓国に高値で買い取ってもらわなければならないようなことはありませんよ。

2006年8月27日 (日)

山梨発 虫刺され(ゴミブログ)

Dscf1409 いきなり大変見苦しいものをお見せいたしまして失礼いたしました。

土日は来客が少ないので「ゴミブログ」を更新させていただきます。

昨晩は小瀬においてジュビロ磐田対ヴァンフォーレの試合がありました。

ジュビロといえば日本の守護神「川口」が守っているわけですからちょっとやそっとのシュートではゴールを割ることはできないわけであります。

ここのところ素人の私が見てもちょっとばて気味のヴァンフォーレでありまして、この日も試合前の超忙しのワインバーが一段落したあと、ジュビロサポーターの後ろで観戦していたわけですが、試合を観ながら「蚊に刺された」顔を撮って遊んだわけであります。

Dscf1407 守護神川口はさすがに蚊から我々を守ってくれる暇がなかったために、サポーターのお力を借りようとジュビロのユニフォームスポンサー「キンチョー」の文字を蚊よけに撮影したという非常につまらない物語でありました。

テレビでしか見たことのないこの空色のユニフォームは前節、前々節に小瀬に来たアントラーズ、レッズと比べるとおとなしめで、アルコールもあまり売れない始末でありました。

Dscf1411 前半に1点を先制されて、「今日も何点取られることやら」と風下になった後半戦半ばあきらめ気味で見ていると幸福を知らせる出来事が二つ

一つ目は「バレーの投入」、前節もバレー投入後試合が動いて見事な勝利だっただけに多くのサポーターが「よし」と思ったに違いない出来事でした。

「よし」に拍車をかけたのが電光掲示板の下に映った「花火」であります。

甲府の勝ちを予感させてくれるにはあまりに写りが「ひとだま級」ではありますが、しばしの花火を小瀬で満喫しました。

Dscf1413 バレー効果からか、花火の後押しからか試合は山崎のヘッドで同点に追いついて引き分けに終わりました。

次回のホームゲームは9月17日までないわけで、寂しさすら感じますが、今後の終盤戦に向けてのヴァンフォーレの益々の活躍を期待したいところです。

2006年8月25日 (金)

要害発 さっぱり庭師

Dscf1376 お盆明けから庭師が当館のお庭に入っております。

以前ブログでも紹介したのですが子供との早朝草取りはとっくの昔に挫折してしまい、そうはいっても伸びきった草が気になって折を見てはにわかにむしりとってきてはいました。

庭の植木も新芽が飛び出すように枝を出していると折ってみたくなるもので、時折折っていいのか悪いのかの判断もつかないくせにやってまいりました。

Dscf1308 植木も人間と同じで伸びきった髪の毛は切ってもらいたいものなのでしょうか?

はたから見ても「うっとうしい」夏をより暑くする伸びきった植木には「床屋にいって来なさい」と言いたくなるような状況でした。

Dscf1398 そんな植木たちも庭師の手にかかればちょろいもの、きれいに襟足ならぬ枝葉を落とされて「すっきりしてまいりました」

8月一杯かけて庭師の手によってきれいになったお庭をお見せすることができるでしょう。

ご期待ください。

2006年8月24日 (木)

山梨発 渓流釣り

Dscf1358 町内子供クラブのリクリエーションが行われた。

8家族30人くらいで1日楽しめて比較的安価な、それでいて子供の思い出に深く残るところ。

昨年は観光バスをしつらえて愛地球博まで出かけているだけに、設営に気を遣った結果近場の釣堀を選択した。

ここは当館から車で30分昇仙峡にある昔っから営業している釣堀で、何回か訪れたこともある場所で「お気に入り」の一つである。

何が気に入る要因かというと、人情味溢れる経営者のおばあちゃんと、奥様、やさしいおじさんの人柄に接しただけで、ここまで来てよかったと思えるのだ。

糸が絡まればやさしく教えてくれたり、釣れないで困っていると特別なエサを内緒でくれたり、持ち帰りの魚をさばくのをためらっていると、「やってあげるよ」、塩焼きの調理を頼んだときなど、それ以外に漬物やら、煮物やらを出していただいた。

Dscf1362 この日は残暑がとっても厳しかったわけですが、昇仙峡ともなると町中よりかなり快適に過ごせるものの、池の中に放流された魚にとってはやはり「残暑」からか食欲がわかないのか全く食いつこうとしない。

120匹を放流した池で実際に連れたのは10匹いかない程度で子供たちは飽き飽きモーでへと移行していってしまった。

Dscf1366 ここの釣堀のほかとの違いが池ごと貸切にできることであります。

他人との糸のトラブルやら、迷惑など全く考えずに自由に一日大きな池を「my 池」として使用で来ちゃうのです。

更には池の周りにはバーベキューの設備に、ちょっとした広場と子供にとってはまさに天国な分けであります。

当然自分の竿で釣れなければ最後の手段が「つかみ取り」です。池の水を全てぬき去り、昇仙峡の清流が流れ込む池の中に足を入れると「ひんやり」した冷たさが足から伝わってきて、一瞬暑さを忘れてしまうわけであります。

Dscf1364 ところが残り110匹の魚との格闘をしていくうちに闘争心が沸いてきて、心なしか水温も上昇してきたような?

子供を一列に並ばせて隅っこに追いやって魚を一網打尽にする「追い込み漁」の旗振り役になっていました。

長い格闘の末びしょぬれになりながらどうにか最後の一匹までつかみあげて無事終了。

当初釣り上げた魚をバーベキューで食べる計画には間に合いませんでしたが、子供たちと一緒に魚のはらわたを取り除き、みんなで持ち帰ることができました。

Dscf1373 魚釣りのあとはすいか割です。

小さい順に並んで目隠しをして回りの声に誘導されワイワイガヤガヤ、

見事に一つ目のスイカを真っ二つに割ったのは我が家の次男でした。

このあとスイカをみんなで食べて無事リクリエーションは終了しました。

清川釣堀 Tel055-277-0015までお問い合わせください

2006年8月23日 (水)

山梨発 知事選1

Dscf1387 来年早々任期満了にともなっておこなわれる山梨県知事選挙に向けて現職である私の父への再選出馬要請が多くの団体から毎日行われている。

昨日は当館も属している甲府ホテル旅館組合からも出馬要請をいただいた。

観光立県を標榜して県政を司ってきた4年間の実績を各団体が評価するのか否かがこの時期にあちこちで検証されているわけであります。

伴野理事長による出馬要請のあと父から県政の現状、今後に向けての展望など挨拶があって終わったわけだが、

まさにこの時期大型観光キャンペーン、大河ドラマを控えたこの時期をチャンスと捉え、山梨の特色を全国に発信し、地域間競争に負けない観光立県を作り上げるときが来ていることだけは間違いないことを確信した。

Dscf1108 先日も当地上積翠寺において町内県政報告会と題して行われた寄り合いにおいて出馬要請をいただいた。

多くの地元、県民の期待にこたえて来るべき道州制の時期には存在価値のある特色のある県でありたいと県民の一人として感じる。

2006年8月22日 (火)

静岡発 JリーグAWAY

Dscf1379 新聞の一面にこんなに大きく載ってしまいました。

しかも山梨と静岡両県のメジャー紙であります。

こんなありえないことがもしあったとするならそれは「富士山が世界遺産になったときか」「道州制で山梨と静岡が同じ枠組みになったとき」くらいでしょうか?

この見出しにあるとおり「富士山ダービー」と命名された競馬ではなくJリーグの試合が静岡の日本平にて行われました。

お互いのチームがスポンサー(経営母体)にメデイアをもっていることから早くからものすごい盛り上がりを見せており、当日もサービスで「号外」をいただけるような運びとなったわけです。

Dscf1333 ヴァンフォーレの母体である山日グループからも新聞を作るための特殊車両が来ており、記念の号外を作ってくれていました。

当館の達人ノブさんのご子息もこの日はYBSの一員としてこの新聞つくりに奔走しておりました。

甲府から2時間かからないで到着できるこの日本平、こと相手が清水エスパルスとあっては特に出向かないわけにはいかない理由があります。

昨年まで甲府がJ2で苦戦しているときにユニフォームスポンサーとして協力してくれたのもエスパルスの関連会社であり、戦力の協力もあったりしました。

また土地柄J1がなかったときに多くの山梨県民がエスパルスファンであったことが今のヴァンフォーレ甲府を応援する風土を作るのに影響を及ぼした一つの要因でありました。

Dscf1339 私も個人的にエスパルスが好きで、仲間で始めようとしたサッカーチームのユニフォームも今では懐かしい地球儀が胸に大きく描かれたオレンジ色のレプリカのもので、

カッコウから入ろうとJリーグ発足の年に購入したわけですが結局ユニフォームお披露目のとき無尽会でユニフォームを配って、2次会にその派手なものを来たのが最初で最後の雄姿となってしまったわけですが。

Dscf1344 今年の開幕戦はくしくもそのエスパルスが相手でホームの小瀬にて行われたわけですが、そのときの借りを返すべく日本平へと乗り込んだわけであります。

日本平は以前にも行ったことはあるのですが小高い丘の中腹にあるとってもきれいなスタジアムで、富士山が一望できる場所にあります。

この日はなんと試合開始前に「富士山」「虹」「駿河湾」となんとも絵になる光景に出会い、今から始まる試合のよい結果が占えるような気がしてなりません。

Dscf1352 サッカー専用スタジアムはやっぱり臨場感を感じるにはここしかないでしょ、小瀬で見ていた競技はいったい何なの?といった迫力を感じさせてくれます。

もちろんJ1暦の長いサポーターの応援の迫力も「これがホームゲームか」と納得できるものでした。

試合前のセレモニーも十分に楽しませていただき、練習で飛んでくるボールの行方にも配慮しなければならないことをこのとき初めて知りました。

Dscf1351 この日は甲府からも大勢のサポーターが駆けつけており、見た目だけではホームゲームのゴール裏以上の青いユニフォームが揺れていたように感じました。

かくして7時6分試合前に皇室が両チームをねぎらうという異例のセレモニーに続いて因縁の戦いの火蓋がきって落とされたわけであります。

Dscf1356 どちらかが3点差を付けたら帰ろうとの約束でスタジアムに赴いた我々のはかない期待(ヴァンフォーレ大勝)は前半終了後には首の皮一枚つながっているのがやっとであった。

後半開始1分たたないときに約束の3点目が悲鳴と同時にゴールネットを揺らし我々のAWAYツアーは幕を閉じた。

次回はFC東京のAWAYツアーを予定しております。

がんばれヴァンフォーレ

2006年8月21日 (月)

静岡発 おでんや

Dscf1330 昔私が小学生のころ友人の家に行く大きな楽しみがありました。

今のようにテレビゲームがあるわけでもなく、家庭用ビデオさえなかった時代の楽しみ方といえば広場で野球をしたり、体を使った遊びを自分たちで作ったりでありました。

もちろん一番楽しかったのは自分の家以外で一泊することであったとは思いますが。

甲府の市街地にある寺井君の家は材木屋さんで、厳しいお父様はいたものの、それ以上の楽しみが私を待ち受けていた。

それが「駄菓子屋」である。歩いて3分くらいの狭い路地を入ってゆくと昭和の初めから営業しているような駄菓子屋をおばあちゃんが一人で切り盛りしているのだ。

当時はどこにでも駄菓子屋はあったのだがその駄菓子屋が他店と「差別化」した営業をしていたわけで、私たちを引き付けたものが「お好み焼き」であった。

粉を溶いたものと、キャベツと干しえびだけのシンプルなものから豪華なものまで(一番安いものしか食べたことがない)自分で囲炉裏で焼かしてもらえる、これが子供心をくすぐったのだと思うこの店の魅力でありました。

Dscf1328 ラムネの飲み方を教えてくれたのもそこのおばちゃんで、今でも覚えているフレーズに「ラムネの飲み方をおさわりに東京から来るでよ」(そんなわけないないっちゅうの)。

しかしながらその店では社会のルールやら、お金の使い方やら非常に重要なことを知らぬ間におそわったような気がする。

そんな昔ながらの駄菓子屋が静岡にあったのだ。

Dscf1323 おでん街が店開きするまでの時間におでん食べれるところないかの問いかけに駐在さんが懇切丁寧に教えていただいた店がこの「水野商店」で戦前から80年以上の歴史を持つ店だということは一目わかった。

冷房もなく軒先のすだれが室内に暑さを閉じ込めてしまうのではないかと思うくらいの暑い日であった。

「夏におでん」ありえない話かもしれないが80年来の実績と、自信、なんでも最近熱帯のバンコクのコンビにではおでんが一番人気で、売り切れ続出とのこと。

昔懐かしい駄菓子屋のイメージを頭一杯に描きながらこの暖簾をくぐりました。

Dscf1327 「これだ」まさしく我々が捜し求めていた人はこの人なのであった。

むかし寺井君の家の裏店にいたおばちゃんそのものに再会できた。

求めていた店の雰囲気がその狭い空間には残っていた。

店の中はとっても散らかっており、お手拭のように出されていたかわききったタオルはちょっと使う気にはなれない代物であった。

おばちゃん姉妹と娘さん女3人で切り盛りしているらしく、とっても人懐っこく話しかけてくれる。

Dscf1324 店の中心にあるのは当然「おでん鍋」、練炭の細い火によってじっくり煮つめるのがコツだとのことで、80年の歴史のあるおでんだれの色の濃さと、しっかり煮色の付いた「なると」が空腹の視覚にひどく美味そうにしみた。

この店のすごいところは料金である。

これらの串が全て一本45円か55円なのだ。

どうみても現在の物価ではありえない金額である。

Dscf1325 静岡おでんの定番中の定番、がこの日私が一皿目に手にした2品(黒はんぺんと、ナルト)であろう。

黒色に煮しまったこの二本を皿にとって、削り粉と青海苔、カラシをつけて口に運ぶ。

この日ばかりはあせる気を抑えてしっかり一皿目をカメラに収めることができました。

というのも二人のおばちゃんのおしゃべりがなかなか我々の手をおでんの串へと運ばせてくれなかったわけで、店の歴史から、山梨のこと、天気のことから孫の話まで一通り終わったとでやっと「幻の黒はんぺん」へとたどり着けたのであった。

Dscf1329 店の中には「静岡おでんの五箇条」なるものがかけられていたり、10年前に改築した店は意味のないカウンターが作られていたり、ところてんやら、串揚げやら手書きの汚い字で書かれたメニューが鎮座したりしており、水野流のルールを感じさせてくれた。

そんなメニューの中で私の「懐かしさ」の感覚を強くゆすった一品があった。

記憶の中では30年近く口にしていなかったはずの「幻」がその中にあったのだ。

Dscf1326 「ガラナ」である。

昔父とよく一緒に行ったとんかつやさん「みむら」でしか目にしたことにないこの飲み物は「大人の飲み物」ということで一人1本以上は飲ませてもらえなかった。

コーラとドクターペッパーを混ぜて炭酸弱めにして、甘くしたようなそんなガラナは量が若干少ないから「もう一本」飲みたくなるのだが、1本ルールが我が家にはあった。

その幻であり、憧れであったガラナを目にしたとき自分の目を疑ったくらいであった。しかも100円(瓶代別)と書かれている。今思えば瓶だけ持ち帰ればよかったくらいの感激だった。

よく冷えて昔と全く同じ味の大人の飲み物ガラナをよく味わいながら二口で飲み干した。

おばちゃん曰く最近入りだしたんですよ。なかなかないみたいでね。

1本ルールに従い2本目はあえて注文しなかった。

このあとおばちゃんが注いでくれるお茶を飲みながらおでんを数本食って会計したわけだが、予想はしていたものの3人で1250円「安い」これだけの満足と、至福の時間を1250円じゃ買えないだろうと、1300円で「おつりはいいですよ」。

するとおばちゃんたちは恐縮の嵐、結局お釣り以上のポテトチップのお土産をいただいて店を後にした。

一番上の写真にあるとおりおばちゃん二人は我々を店の外までお見送りしてくれた。

「恐るべき水野商店」商売の原点見たり。

2006年8月20日 (日)

静岡発 まちづくりのコンセプト

Dscf1318 問題です

このあとこの樽はどのような動きを見せるのでしょうか?

ここは静岡駅前のショッピングスポット?といった感じの道路の真ん中にある歩道の一部にあった噴水です。

静岡は隣の県でありますが、海水浴とか、沼津、御殿場などにしか機会がなくて訪れることは滅多にないのです。

以前にも通過することのある機会があったときに、町並みがゆったりと作られており、「飛行機が着陸できる?」のではないかと思うくらい道幅にゆとりがあったことが非常に印象に残っています。

Dscf1319 答えは「水の重さでひっくり返る」でした。

銅製?の水がめがひっくり返る発想がとっても面白く見えたので載せてみました。

水がめの水こそ汚いものの、夏のうだるような暑さを一瞬癒してくれるこのオブジェにしばし見入ってしまいました。

「静岡」はとっても魅力的な町で、海はあって、山もある、名古屋にも近く東京にも近い、更には自分の経験だと「美人も多い」それが私の見る静岡であります。

Dscf1315 県庁所在地の駅前にこんなに広々とした憩いの場を作ることのできる発想というか、都市計画が、新しさと古いものの混在がこの町の魅力を更に引き立てているのだという気がしました。

先ほどの水がめの続きにあるのが人口の水遊びができる「ミニ渓谷」で、水が汚いのが残念なのですが、それでも小さな子供が水遊びをしていました。

静岡県においても土地の価格が高いほうであるこの場所にこのしつらえが「余裕」を感じさせてくれました。

Dscf1313 昨日はJリーグのエスパルス対ヴァンフォーレの試合を観るために静岡県を訪れたのですが、時間が合ったので「静岡といえば」の問いに私なりに答えたのが「おでん」でありまして、とかく「寿司」に走りがちなのの意表をついて「おでんツアー」に出たわけであります。

「おでんマップ」なるものまであるこの静岡はこれから「おでんのまち」で売ってゆく方針まであるそうとのこと。

捜し歩いているとなにやらレトロさを感じさせてくれる、屋台街のようなものが目に入りました。

夕方からの営業らしく店先では開店準備をしていましたが、会社帰りに一杯引っ掛けるにはもってこいの雰囲気のある屋台街でした。

Dscf1317 さらに足を進めると「青葉おでん街」なるおでんやさんのかたまりが、左右どこを見てもおでんやさん、協定で4時30以前の開店が禁止されていることから立ち寄ることはできなかったわけですが、次回機会があったら必ずよらなければならない場所であります。

「おでんのまち静岡」の一角を見せてもらいました。

つづく

2006年8月19日 (土)

山梨発 Jリーグアウェー

Dscf0977 これは7月29日小瀬にて行われたヴァンフォーレ甲府のホームゲームにおけるビジターチーム浦和レッドダイアモンズのサポーターの盛り上がりの一部です。

企業規模、ホームタウンの人口、スポンサーなどなどチームによって違いがあるので当然サポーターの規模の違いが出てくるものなのでしょうが。

それにしても見事に真っ赤に染まったスタンド約半分は青いまだら模様に埋められたホームのスタンドと比べたら見事なまとまりを敵ながらに見せていただきました。

ということで本日はこれから「富士山ダービー」と名前の付けられた清水エスパルスとヴァンフォーレの試合を日本平まで観戦に行ってまいります。

静岡ツアーの報告は帰り次第させていただきます。

2006年8月18日 (金)

要害発 秋の気配

Dscf1294 「天高く馬肥ゆる秋」

大気が澄んで空が高く感じられるころ、馬もよく食べてたくましく太る。心身ともにさわやかで気持ちのよい季節。

「おいおいまだ高校野球も終わっちゃいねーぞ」

そう今日も確かに甲府は真夏日を記録しているのですが、

山梨をこれから訪れる方々にとっては「山梨の秋」を十分満喫していただきたく先取りして秋を探してきました。

Dscf1306 ちょっと気温が低くなった昨日ふと空を見上げてみるとやけに青々とした空がいつも以上に澄んで見えたため思わずシャッターをきってみました。

また運転しているとなぜだか「すすき」が目に入ってきました。

本当に探さないと見つからないほどの本数しかはえていないのですが確実に秋の気配をこの山里に運んできてくれています。

Dscf1305 これは当館の周辺に群生しています「きばなコスモス」という花で秋花(コスモス)なだけにやっぱり秋の到来を感じることができます。

秋にはいろいろな楽しみが我々を待っています。

当館周りでは植物の変化と共に気温も大分涼しくなってまいりました。

周辺の山々の散策がてらにどうぞお越しください。

2006年8月17日 (木)

要害発 瀬戸カトリーヌ

Dscf1297 朝から支配人が家まで入り込んできて声を荒げて何やら女房に話しているのが聞こえたので何事かと思って聞いてみたら、昨日からテレビの取材で宿泊している瀬戸カトリーヌさんが一緒に写真を撮ってくれることになったとのこと。

早く着替えてきれいにして出てくるよう伝えに来たものだった。

瀬戸さんを全く知らない我が家の子供たちまでも「えっ、歌歌ってくれるの?」歌手じゃないっちゅうの。

そんな子供たちもパジャマじゃやばいから着替えてくると早速パジャマだか普段着だかそんなに差もないものに身を包んで準備万端。

僕も写真を撮るときに瀬戸さんの手が触れたらどうしようなどとありえない状況を想像しながらどきどきしていました。

「取り越し苦労」とか「とらぬ狸」とかってよくあたるもので「サインだけで」の局の女性の方の返答にほっとしたような、残念だったような、多分子供たちは何でこんなに早く着替えたのかも忘れていることと思うが。

というわけで朝からなんとなく気合が入っているわけであります。

昨晩は東海テレビの「「おでかけ!パレット」という番組の取材で「瀬戸カトリーヌさん」と「アメリカザリガニさん」が当館を訪れたわけであります。

Dscf1301 今朝の支配人の興奮ぶりのあとひとつの原因はなんと報知新聞に「瀬戸カトリーヌ遠距離結婚」の見出しをみつけ、「おめでとう」って言うように伝えるために寝起きを襲ったわけであります。

それにしても偶然というか何ともいえないタイミングで昨日に所属のプロダクションから結婚していたことが発表されるとは

何はともあれご自身の結婚が報道されてほっとされた日に当館にいらっしゃったことになんとなくうれしさを感じました。

末永くお幸せに。

Dscf1298 というわけで支配人の配慮でちゃっかり個人名でもサインを頂戴してしまいました。

実は今朝方フロントで瀬戸さんと会ったのですがサインくださいにも、写真よろしいですかにも、一言も話すことができなかった自分がそこにいただけに、とってもうれしかったです。

サインの右端に「山梨今度はプライベートで来ます」この言葉のもつ意味は当然ご主人と一緒に来てくださるという意味でしょうが、そんな思い出の場所になっていただけたら幸いでございます。

かくして東海テレビ「おでかけ!パレット」の取材は無事に終わりました。

なお放映は9月10日(日)の午前9時30分から10時までだそうです。

是非ご覧ください。

2006年8月16日 (水)

山梨発 南部の火祭り

Dscf1277 昨晩山梨県の南部町において「南部の火祭り」が開催された。

一昔前、今でもやっているのかもしれないが、時々テレビで「初めてのおつかい」なる番組を放映していたことがある。

子供が初めて決められたルールを子供だけで守りながら任務を遂行する、それがお使いであったり、親戚に行くことであったりするわけですが、なかなか見ているほうにするとひやひやしたり、いじいじしたりするものである。

今回はお盆中ということもあって、この山梨を代表する夏祭りの取材を我が家の息子に任せてみた。ある程度の写真を撮るポイントを自分の頭の中で予測しながら指示し、帰ってきた息子に感想を聞きながらこのブログで皆様に「南部の火祭り」をどれだけ伝えることができるか、親子のコミュニケーションがどれだけ取れて、意思伝達能力開発訓練を兼ねた企画であります。

Dscf1268 南部町は当館から車で1時間30分以上かかる場所にあることからこの日はあえて普段あまり乗ることのない身延線を利用、1時間の電車の旅となりました。

対面式になった身延線の指定車両は1時間の乗車で大人3000円弱の料金にはいささかびっくりしました。

しかしながらアイスクリームと、お菓子を並べてちょっとした小旅行気分に浸ることのできた一時間はあっという間の快適な時間でした。

Dscf1271 南部の火祭りは夕方から始まっており、僕たちの通された宴会場?ではテーブルに乗り切らないほどの料理が僕たちを待っていてくれました。

町長さんの挨拶の途中だったけど並んでいた焼き鳥が美味しそうだったために話が終わるころには二人でほとんど全部食べてしまった後でした。

南部町は静岡に近いため海の幸が山梨にいることを忘れさせてくれるほどふんだんに出されます。

さらには同様にお茶の産地であり、静岡のお茶よりも美味しいとも言われています。

今年の春にもこの南部町で行われた「たけのこ祭り」にも来ましたが、本当に美味しいものが一年中食べられる場所です。

あとお父さんに頼まれて持ち帰った「うなぎ」は見たこともないくらいの肉厚のうなぎで、とっても美味しいものでした。

Dscf1285 会場にはものすごい人が見学に来ており、屋台もたくさん出て、賑わっていました。

屋台を見て歩いていると町の人が「おおくわがた」のつがいをプレゼントしてくれました。

更には南部町の杉で作ったペン立てにメッセージボード、杉のエキススプレーに南部茶のペットボトルと持ちきれないほどのお土産をいただきました。

町長さんの開会の挨拶のあと行われた「松明投げ」というイベントの際は松明に火をつけに行く近くまで連れて行っていただき、すぐ近くに投げられてくる松明に迫力を感じました。

Dscf1284 お祭りは10時までなのですが電車の関係で8時30分には帰らなくてはならなく、メインの花火大会は駅へ向う橋の上から見ることになりました。

灯篭流しが見れなかったことが悔やまれましたが、とっても楽しく、満腹な「南部の火祭り」でした。

写真はおばあちゃんが僕たちの代わりに撮ってくれたので多少ぼけていますし、「南部の火祭り}?どこが?とうい疑問も少し残ってしまいますがお許しください。

本物を是非来年観にいってくださいね。

2006年8月15日 (火)

要害発 村祭り

Dscf1251 「村の鎮守の神様の今日は楽しい村祭り、ドンドンヒャララ」という音色がとってもマッチするまつりが昨晩当館近くの日吉神社境内でおこなわれました。

毎年8月14日に町栄会が主催で行われるこの祭りは、祭りの内容といい、場所といい、雰囲気といい「村祭り」そのものであることから昨年はNHKがテレビ取材に来たくらいに「昔」を残しているまつりです。

夕方から役員による音響チェックの音楽が流れてくるのですが、針が飛んだレコードのようなかすれ気味の音が実に耳に心地よく聞こえ、今年もこの時期がまたやってきたなということを感じることができる瞬間です。

Dscf1265 会場の中心、盆踊りを踊る際のセンターに飾り付けられた櫓代わりの紙灯篭?は雰囲気を伝えようと撮影してきてみたら、書かれている文字の下品さというかセンスのなさに思わず苦笑してしまったものの、誰が書いたのかわかってしまうあたりがこの地域の狭さ、お互い同士がよく知り合った昔ながらの「コミュニテイー」を感じることができる証拠ではないでしょうか?

たぶん「やまのおっちゃん」でしょ。

この類の文字を消防小屋の旅行土産の焼き物で見かけたことがあることから推測しました。

Dscf1254 普段この場所は老人クラブのゲートボール場として使われている場所をお借りして祭りが開催されるわけですが、日中はほとんど同じ顔しか見ることがなくなりつつある当地においてこの祭りは久しぶりの顔に会うことも一つの楽しみとなっている。

前述の山のおっちゃんのご子息「ハッペー」もその一人で以前同じ消防団で活動をしていたことがある底抜けに明るい奴で、「この親にしてこの子あり」といった祭りには欠かせない男であります。ハッペーがいるといないとでは消費する酒の量が倍は違うといってもいいほどの飲ませ上手、飲み上手なのであります。昨晩の酒の量がさほどでもなかったのはハッペーが欠席だったことも一つの原因ではなかったのでしょうか?

Dscf1263 この祭りは参加する人にとって「昔を思い出せる」という魅力があって、「昔話」にあちこちで花が咲いておりました。

昔を思い出せるという点で「昔ながら」があちこちで見ることができるわけで、この手動のカキ氷機は今では電動が主流になってしまっているだけに、かき手の心が伝わったカキ氷を食べることができるなつかしの一品であります。

多分数年前に電動機式をもってきたところブレーカーが何度も落ちてしまったことから手動に戻したのだと推測するわけですが。

Dscf1258 何曲かの盆踊りで会場が盛り上がっている中音の割れたスピーカーから「子供集まれ」の案内が流れ花火が配布されました。

花火がうるさいと散弾銃を発砲される騒ぎが起こる現在の日本においてのどかな山村での花火をあげる子供の目の輝きと、「大人花火」と題してちょっとしけり気味の?打ち上げ花火をつけて回る60過ぎの役員の軽快なフットワークにこの土地の「平和」と日本の本来あるべき原風景、コミュニテイーの大切さを感じました。

Dscf1261 育成会では「金魚すくい」を用意し、子供たちが手作りの水槽に多くの子供たちが真剣な眼差しで両手一杯の金魚をすくっていました。

ちなみに我が家の息子たちも3人で26匹の金魚をすくい、庭先の池に放流したとのことです。

Dscf1266 この祭りの一番の人気がこれです。

「やきとり」です。

1000本の焼き鳥を開会から閉会まで焼き続けるのが我々消防団の役目です。

以前は消防なだけに墨を起こすのに時間がかかってしまった経験から、着火剤をここ数年使用するようになっており、順調なスタートは切れるのですがなんせ本数が本数なだけにいい大人が必死になって焼き手に回りました。

Dscf1257 この日は焼き手頭「たつや」の音頭の下おおざっぱながらも心のこもった焼き鳥を提供することができました。

こうして2時間ほどの時間もあっという間に過ぎ去り、楽しく、懐かしい村祭りはお開きとなりました。

お土産にもらった「参加賞」と称したテイッシュペーパーがまた暖かさを感じさせてくれるとっても手作りの村祭りでした。

来年も8月14日に同じ時間、同じ場所で行われるこの祭りご家族連れで遊びに来ても大いに結構です。

2006年8月13日 (日)

山梨発 日本初滑走路ライブ

Dscf1237 いよいよこの日がやってきました。「日本初」がこの山梨で行われるのです。

何が日本初かって?これまでに山梨で「日本初」があったのかあらためて考えてみました。

「日本一」は富士山果物、水などなど数え切れないくらいあるのですが「日本初」となるとなかなか耳にしないものであります。

昨日行われた郷土の英雄「レミオロメン」のコンサートは「滑走路で行われる日本で初めてのコンサート」だそうで、山梨で3万人の観客を動員したことは祭りごとを除いて他にはなかったのではないかと記憶しています。

Dscf1238 山梨県の甲斐市にある日本航空学園で行われたこのライブは「超」人気バンド「レミオロメン」の野外ライブとあって、県内では事前から新聞テレビでの報道はもとより、多くの県民の間で話題の中心になり、チケットは発売と同時に完売となる前評判であった。

私もこのプレミアムチケットを何人かの友人に頼まれて手配するのにかなりの時間がかかり、その人気振りを目の当たりにしたものであった。

「子供にも見せておきたい」という女房の提案からそのうちの4枚を確保し、見たことも聞いたこともないグループのライブをこの猛暑厳しい山梨の地、しかも照り返しが普通の場所とは明らかに違う滑走路の「灼熱アスファルト」という特別な場所でのライブに参加することになりました。

Dscf1239 午前中からこの方面(コンサート会場)に向う車の流れが悪く感じた本当の理由は定かではありませんが、混雑が予想されるので早めに出たほうがよいということで、2時開演に対して12時前には出発した。

甲府駅からはこれまでに見たことがないほどのシャトルバス(大型150台随時運行らしい)が運行しており、当日券はないとのことからJRで2つとなりの「塩崎」駅まで満員電車に揺られた。

私自身塩崎駅で降車するのは初めてのことなのだが、塩崎駅でも開駅以来これだけのお客さんが乗り降りしたことは過去なかったことは誰が見ても明らかな状況であった。ホームの広さがこれだけの乗客が乗降するには狭すぎる上に、改札も臨時のものができており、配布のビラには帰りはこの駅はもしかすると3時間の電車待ちの可能性があるなどとかかれる有様でした。

Dscf1240 駅前通りには辻辻に警備員、スタッフ、警察が立っており、切れることなく押しかける人の波の整理に追われていました。

暑さ対策にとリュックサック一杯に詰め込まれた飲み物、椅子、カッパ、お菓子とピクニックに行くかのごとく大量の荷物は駅から会場までの道のりでずっしりと方に紐が食い込むほどの量であった。

15分ほどの、普段では歩くことなど絶対ない道を歩いて会場に近づくにつれてコンサートに雰囲気が伝わってきました。

Dscf1243 普段滑走路に使っている場所には全国から「ツアーオフィシャルバス」と書かれた専用バスがぎっしりと駐車されており、このライブの人気と規模をあらためて確認することができた。

山梨で行われるイベントの一つでヴァンフォーレの試合は毎試合1万人の観客を動員しているわけだが、慣れない場所にその3倍の人間が集まるのだからその準備たるや相当の苦労があったことが随所に感じられた。

Dscf1244 我々がバスの間を通り抜け、普段通ることのない学校の宿舎の間、ブルペンの脇などを通ってゲートに近づいたころにそれまで「熱中症」を恐れて用意してきた重ーい、リュックの中身が一部不要になる前兆が西の空に現れた。

明らかに雨をもたらしてくれそうな厚い雨雲と時折その薄黒いキャンパスに縦に走る稲光が発生しだしたのである。

ここのところの日本国中を襲っている落雷の報道が来場者の恐怖心を一層かきたて、悲鳴に近い歓声がところどころで聞こえてくる。

Dscf1245 「雨が降ったらすぐ帰るぞ」の約束の下どうにか我々もこのゲートをくぐることになった。

折りしも昨日は日航機事故から21年目の日、そんな日に滑走路ライブ、追悼になればいいものの、呼び水にでもなって「滑走路に稲妻走る、死者○○人」なんていうニュースの見出しが頭にちらほらする始末であった。

まあここまで来たからちょっと見ていくかということで一応場内に入ることにした。

3万人という人の数はあらゆるところで予想外の事態を招くもので、まずは飲食ブース、見た目には十分すぎるほどの飲食店があったように見えたわけだが、そこには長蛇の列、さらに会場へ進むと何やら大勢の人が何かに並んでいる。

「我々も並ぶのかな?」と心配していると「トイレの最後尾はこちらです」見た目には多すぎるトイレもこの有様。

だんだん風も強くなってきて、雨もぽつりぽつりと感じられてきた。

席に着く前に用意したカッパを着用しD-1ブロックに向い始めたその瞬間バケツをひっくり返したが如くの大雨がその3万人めがけて「ひっくり返ってきた」

Dscf1248 多くの観客はカッパを持っていたが、その準備がないと「濡れたTシャツ」が肌にぴっちりくっついてとってもセクシー。

「これが女性だったらなー」なんて考えたのは僕だけじゃないでしょ。

そこにいることに疑問を感じるくらいの土砂降りの雨が降り続いた。

同時に稲光が周囲で発生し続け、「ピカ」と光ってから何秒で「ゴロッ」と鳴るかでその距離がわかることから、そんなことを数えて時を過ごした。

Dscf1249 すぐ出られるようにとブロックの一番後ろの入り口に陣取ったものの、大降りの雨と、肌寒さで子供たちは限界寸前、「来なければよかった」と言葉を出すか出さないかのうちにそれまでの雨は小ぶりへと変わってゆき、ステージ上では復旧作業が始められた。

2時開演の予定から遅れること50分ようやくコンサートが始まったわけです。

Dscf1250 レミオロメンの3人がステージに現れると3万人の観客は一斉にこれまで雨で沈み込んでいたのが嘘のように元気を取り戻し、ライブを誰もが満喫していた。

時折ステージ後方で光り続ける稲妻が野外ライブならではのエクストラな演出をもたらしてくれていた。

3曲目が終わったときにリーダーが「ここは何処だ」の質問を会場に投げかけたときに「ここは山梨」って行ってくれると思っていたのは僕だけだったらしく3万人は「滑走路」だってさ。「おじさんを」感じた私はナンだとふてくされていました。

10曲ほどの聴いていたが一曲も知っている曲がなく子供も唯一期待していた[NARUTO」のテーマ曲も出てこなかったために約束どおり途中で会場を後にすることになりました。

しかし冒頭「郷土の英雄」という言葉で表現したとおり「山梨出身」でこれだけ全国から支持されるレミオロメンのメンバーに「誇り」を感じました。

このあと大型のシャトルバスを貸切で甲府駅まで送っていただいて快適に家路につけました。

「快適」と申すのもこの日このコンサートが終わったあと当館へお泊りいただいたお客様がコンサート終了18時で駐車場から出たのが21時過ぎ、当館到着が22時を過ぎていらっしゃったことから考えて早めに切り上げて正解だったのかもしれません。

2006年8月12日 (土)

要害発 電光石火

Dscf1229 すごい雷でした。

久しぶりに鳴り響いた雷鳴でした。

というわけで昨晩日本全国に襲い掛かった大気の乱れによる落雷を撮影しようと30分ほど食堂前のベランダでカメラを構えていたわけですが、何十回押してもテレビで放映されるような稲光は撮影することができません。

たぶん性能のよいカメラならシャッターを落としたままにすれば簡単なのかもしれません?が。とういわけで上のような真っ暗な写真を何枚も撮っては消し、撮っては消しを30分ほど繰り返していたわけです。

Dscf1230 何十回目かにシャッターをおろしたところやっと「らしい」写真が撮れました。

それまで真っ暗だった甲府盆地が一瞬にして「昼間」に逆戻りしたわけです。

とその瞬間「バキバキ」という大きな雷が落ちる音が付近で鳴り響き、大雨が突然降り出して来ました。

先日の落雷によって亡くなった方のニュースを見たばかりの私は光よりも速い速度で室内へと逃げ込み大事に至りませんでした。久しぶりに感じた落雷の恐怖でした。特に山間では雷鳴がこだまするので、平地よりも迫力のあるシーンに出くわすことができます。

Dscf1193 昨日は昼間からシャッターチャンスを追い求めて何回も無駄なシャッターを押しまっくった日でした。

上の写真は何を撮ろうとしたものでしょうか?

昼下がりに事務所の窓を開けていると突然の来訪者がありました。

それほど珍しいことではないのですが、少しばかりからかってあげました(多分からかわれていたのかも?)

来訪者の名前は「おにやんま」でした。

Dscf1178 空中を飛んでいるオニヤンマが顔のそばに迫ってくると思わず顔を背けたくなるほどの迫力あるプロペラの音(羽音)に終戦記念間近だけにB29の襲来はこんな感じがするのだろうか?と感じました。

そのオニヤンマの空中にいるところを撮影しようと何回もシャッターを切ったわけでありました。

結局空調機に止まったところの写真を撮るのが精一杯で、迫力ある映像をお見せするには至りませんでした。

Dscf1194 このあと捕獲して子供たちのヒーローとなろうとした私はうかつにも敵(オニヤンマ)の片方の羽根を捕まえたところ、敵が羽根を軸に反転し私の白魚のような指に「ガブッ」思わず大きな声で「痛いー」そうですオニヤンマは肉食なのです。

するどい歯を持っていることはわかっていたのですが、うかつでした。

敵機の毒牙に見事に捕らえられて悲鳴を上げるにいたったわけです。

大きな悲鳴にそばにいた三男がびっくりしてしまい、しばらく動かなくなってしまうほどでした。

このあと「ビニール袋捕獲作戦」を挙行したところすんなり投降しました。

大きさ比較にと恐る恐るタバコをビニール袋に投げ入れて写真に収めたのですが、後の雷撮影の際無駄な写真と一緒に消してしまいアップすることはできませんでした。

こうして我が家を襲った2つの来客との奮闘を無事終えました。

2006年8月11日 (金)

要害発 武田信玄公生誕の地

Dscf1166 「灯台下暗し」ということですっかり紹介が遅れていました。

というよりこんなきっかけがなければ私も訪れることのない場所、「積翠寺」へ行ってまいりました。

当館より徒歩5分の場所にある臨済宗妙心寺派のお寺さんであります。

大永元年1521年の開山だそうです。

ちなみに当家の菩提寺でもあります。

Dscf1168 本堂の瓦には見事な武田菱が飾られており、誰が見てもこの寺が武田家に由来のある寺だということは一目にして理解できる。

この寺の「一番の売り」というよりこのお寺の付加価値を高めているものが、この寺の名前の由来でもある「武田信玄公産湯の井戸」であります。

本堂向って左側の狭い通路を入ってゆくと裏庭に出るわけでありますが、いわば信玄公のルーツである場所であるにもかかわらずあまり訪れる観光客もいない「隠れスポット」であります。

Dscf1159 この寺の名前の由来はなんでも産湯を汲んだ磐石から水が湯になったことから「石水寺」と付けられ、いつからか積翠寺となったとのことで、

久しぶりに訪れてみて初めてその由来を知ることができました。

Dscf1160 裏庭は立派な日本庭園になっており、お寺を訪れることは墓参りくらいしかない私にとって久しぶりに見たお寺の裏庭の姿に新鮮さを感じました。

Dscf1162 肝心の「井戸」はというと庭園の一番奥に配されており、この場所で実際に大井婦人が信玄公を産まれたことからここ甲斐の国山梨の戦国の歴史が始まったのかと、戦国ロマンすら感じることができました。

この同じ地区にある井戸水と当館の泉質が同じだとしたならば、当館の風呂に入ると武田信玄公のような強くもあり、賢くもあり、優しくもある人間になれるのかな?

などと勝手に解釈しました。

2006年8月10日 (木)

山梨発 お気に入り

Dscf1076 暑い日に食べたくなるものってなんでしょう?

「うなぎ」「すし」「冷やし中華」「焼肉」

さっぱりしたものや、スタミナ補給できるものが浮かびませんか?

同時に冷たいビールに合うものではないでしょうか。

今日紹介するお店は私の友人が経営している「串揚げ深澤亭」です。

脂っこいから夏は揚げ物は進まないと思われる方も多いとは思いますが、ここの串揚げは違うんです。

Dscf1077 「違うんです」とはいっても油を使ってないとかそういった違いではありませんで、とにかく美味しい、サイドメニューが充実かつ美味しいのです。

ここのところ2年ほどご無沙汰をしていて先日暖簾をくぐって「あけましておめでとう」と切り出した私に対して「はじめまして」とこきやがったご主人は高校時代の同級生であります。

むかしから冗談のセンスがある奴で未だに昔から変わってないわけであります。

メニューというものはある程度変えるべきものというのが、お客様に対しても新しさを感じてくれるのに重要なポイントだと思っていますし、当館でも新しいメニューは随時考えながら取り入れているわけでありますが。

この深澤亭のこだわりの一つに開店当初からメニュー変わってないことです(多分)

Dscf1079 メニューに自信があるのか、開発が面倒なのか?

私は前者自信があって、お客様の要望が強いから変えないのだと思います。

当館が「鱒の甘露煮」「おざら」を一年中出し続けているのと一緒です。

深澤亭の売りの一つは手始めに出されるヤサイステイックです。竹のかごに入ったきゅうり、にんじん、大根のステイックをマヨネーズと味噌を和えたものにデイップしてたべるもので、「おかわり」したくなるような一品であります。

上の写真はこの日のコースには含まれていないのですが「あれある?」だけで出してくれた名物「かぼちゃのサラダ」です。いつものことですが一口食べてから「写真はいいの?」の友人の声駆けにあわてて撮ったものです。ステイックは既に食べつくした後に気づいたのでした。

Dscf1080 3品目は「煮込み」です。

どこの居酒屋にもあるのですが、他とは違って野菜が多く入っているような気がして、これを食べると深澤亭に来ていることをあらためて感じさせてくれる一品です。

写真でもわかるように「もつはどこだ」といわれそうなくらいに大根、こんにゃく、あさつきが盛り込まれています。

ここまでで生ビール3杯を飲み干して4杯目を頼もうとした同じ無尽(STMA昨日のブログでのソフトボールチームの仲間)の後輩が「ビールは水じゃねーだぞー」と監督に怒られていたいたのがうなずけるほどビールが進む3品ということです。

Dscf1087 さていよいよメインです。

主役はなんと言っても「串揚げ」に決まっています。

3回に分けて3種類のソースが出されて竹のかごに乗って運ばれてくるのですが。

やっぱり揚げたては美味しい。フライヤーから客席までの距離が近ければ近いほど美味しいのが当然である。

無駄な通路などなく、靴を脱いであがるタイプのこの店は背中がカウンターのお客さんとぶつかってしまうくらい狭く感じることもあって、またカウンターにいると揚げた油が飛んできそうなくらいキッチンに近いこともあってどこよりも出来立てが口に運べる。

「っそう」開店以来一品大きく変わった揚げ物がありました。「アナゴの骨せんべい」です。

写真の揚げ物の上に乗っかっている黒いのがそのもので、カリカリして実に美味しかったです。

Dscf1086 一通りの揚げ物コースにビール焼酎を平らげて終わりになったわけですが。

このほかここのメニューの中で「超」が付くほどのお勧めがあります。

この日は頼みませんでしたが

「ステーキ」です。何を隠そうこの主人の前職、修行時代が甲府でも有名なステーキハウスであったことから、「得意技なのです」

焼き方が我々とは違うんです。

さもないフライパンも煙が出るくらいに熱して一気に焼くのがコツだとかで値段も1000円以下だったと思う。その一品は間違いなく「別腹」にすっぽり入ってしまう定番です。

さらにお腹に余裕のある人には「おにぎり大」がありました。おおきな手で握るおにぎりにはとびっこがまぶされており?ボリューム満点味抜群だった記憶があります。

当然この歳になってはここまでたどり着くことはできませんでしたが・・・

さて深澤亭の場所をご紹介します。

甲府富士屋ホテルの正面です。駐車場完備、日曜祭日定休、夜のみの営業です。

電話055-252-1800 要害のブログ見たといってみてください。

2006年8月 9日 (水)

山梨発 全国大会(ソフトボール)

Dscf1111 先日36度を超える真夏日に山梨の地において全日本一般男子ソフトボール大会が行われました。

当館にもソフトボールチームがあり(既出)県内の市内リーグでがんばっていたり、私もそのチームより2ランクリーグが下の市民リーグに参加している関係から、県内で行われるこの手の大会には非常に興味があり、全国レベルのプレーを近くで見てみたくてこの日は開場である釜無川河川敷のソフトボール場へ出かけてきました。

Dscf1110 この日は大会最終日で準決勝と決勝が予定されており、県内のチームが2チーム出ていることも私の足を運ばせるきっかけとなった。

36度の気温は気象台での観測によるものでしょうが、こと炎天下の、日差しを遮るものが何一つとしてない、照り返しの強い乾ききった土のグランドともなるとその体感温度は40度を超えるものになっているのではないかと自分の肌で感じてきました。

Dscf1115 Aパートでは福井県の建設会社の名前のチームと鹿児島のチームが対戦していました。

3日間の大会に会社などを休んでくる選手たちも大変だなと思いながら一流のプレーに見入ってました。

最近バレーやジャズなど一流のものに触れる機会が多いのですがこの日の一流は確かに一流なのですがあまりの暑さにあまり長く見ていられる一流ではありませんでした。

Dscf1112 私のJCの後輩が地元の「鰍沢ショッカーズ」に所属していた関係でその応援もかねて行ってきたわけでありますが、県内同士のチームの準決勝となったこの試合は暑さからか集中力が途切れたのかデッドボール、走塁の接触などで多くのけが人が出ていました。

後輩は私が到着したときには既にお役御免で私の話し相手になって状況の説明をしてくれました。

現在甲子園では地域の代表の高校生たちが真剣勝負で何の利益も求めず欲といえば勝つことの欲くらいでひたむきなプレーを暑い中繰り広げています。

巨人軍の長い間に及ぶ低迷でプロ野球を見ることを避けるようになってから久しいわけですが、プロスポーツが感動を与えてくれるものであって、子供たちの憧れであってほしいものだなと感じて帰ってきました。

2006年8月 8日 (火)

要害発 猛暑一休み

Dscf1037 台風7号の接近でこれまでの暑さが嘘のように快適な、秋の気配すら感じられる日となっております。

一昨日は彼岸トンボの大群が発生し、「えっ、もう秋?」と錯覚させられたばかりなだけに、子供たちにとってはまだ秋になってもらっちゃ困るといった声が聞こえてきそうです。

上の写真は当館前の相川の川原(草刈を行った場所より上流)で水遊びをしている子供たちの姿でありますが。

昔はよくこの川原に降りては遊んだことが思い出されるわけですが。

30年も前のことで未だに昔同様の清流が残っていたことにびっくりしました。

Dscf1039 当館周辺の川原は職人信さんがいつもきれいにしてくれているので草が生い茂るようなこともなく、子供も安心して川原へと降りることができるわけです。

上の写真は先日護岸工事できれいに整備された人工の滑り台もどきなのですが、あいにくこの滑り台の終着点が大きな石が待ち構えており、滑ったら最後数秒後には悲惨な現実が待っている構造で子供たちも滑ろうとはしませんでした。

Dscf1038 それでも日当たりのよくない日陰を見つけては様々な水遊びを考え出して半日この水辺で遊んでいました。

山梨県に多くある有名な川原と比べたら御粗末かもしれませんが、「プライベート川原」だと思えばちょっとしたリッチな気分になれることと思います。

私もちょっと混ざってみたのですが、案外水も冷たく、清んでいて、飲むことこそしませんでしたが、快適な「涼」を感じることができました。

Dscf1040 そんな川原に生息している生き物をやはり子供たちが見つけては騒いでいましたので、「相川の川原に住む生き物」と題して一部ご紹介させていただきます。

日中の気温が36度以上の日でもこの川原は要害山の陰に隠れていて快適な場所です、昔の記憶ですが相川が氾濫した際に行った護岸工事では、昔の貨幣が掘り出されたというちょっとしたロマンをも感じ取ることのできる場所であります。

Dscf1042 やはりこの場所でもまず我々を歓迎してくれるのが沢ガニたちであります。

普段見慣れた沢ガニも都会の人には意外と珍しく思っていただけて子供を楽しませるには十分な生き物です。

しかし子供が調子に乗って手を出そうものならその鋭いはさみで「チョキ」、かまれた私の三男は当分の間かにさんのことが嫌いになったことと思います。

Dscf1043 この日に見つかった昆虫は「ゴマかミキリ」でした。

昔はどこにでもいた昆虫も今では心なしか少なくなっているような気がします。

ゴマかミキリは、昔小学校のポプラの木によくたかっており、捕獲しては自分たちの髪の毛をその歯で切らせて見たりして遊んだことが思い出されます。

あのころからもっと髪の毛を大切にしておけばよかった、などということは後の祭りでした。

Dscf1032 更に川を出て奥山へ徒歩10分の場所に以前に紹介した虫取りスポットがあります。

当館近辺は昔からカブトムシは少なくクワガタが多く取れる場所でありまして、それぞれの秘密の場所を毎朝早く起きては巡回したり、桃や蜜を仕込みに行ったものです。

今年も子供に連れられて何回かめぐった虫果が上の写真で、ミヤマクワガタを筆頭にかぶと虫、クワガタ虫などが数匹とれております。

まだまだ夏は半道中、子供たちは思いっきり太陽の下で遊んでこそたくましく、クレバーになるものです。

自然の宝庫積翠寺にどうぞお出かけください。

2006年8月 7日 (月)

山梨発 神明の花火大会

Dscf1118 本日市川三郷町で開催しております「神明の花火大会」が当館よりご覧いただけております。

直線距離で10キロ以上離れておりますと「ポーン」となった花火の音と大輪の花の時間差を耳と目で感じ取ることができます。

連続して打ち上げられるとこの花火の音はどれなのかこんがらがってくるものです。

写真に撮影してなんとなく「花火だな」とわかるのは尺球と呼ばれるもの以上かと思います。

ちなみに上の写真は開会まもなく打ち上げられて2尺球ではないかと思います。

Dscf1129 尺球より小さくなったり、スターマインと呼ばれる種類のものはなかなかそのきらびやかさを目で見ることはできません。

しかし真っ暗な夜空に突如として現れる大輪の花火は近くで見ていると大きな音の迫力と、鮮明に見えるその華やかさの一部始終にまわりの歓声と、表舞台を感じることができますが、遠くで迫力も感じないで見る花火には、残像のようなものを見ることもでき、音もない中で開いて消える花火のはかなさを感じることができます。

神明の花火大会は曜日に関係なく毎年8月7日に開催されます。

当館の客室、ロビー、露天風呂からこの花火大会を「高みの見物」することができます。

これからの甲府盆地ではあちこちで花火が上がるのを見ることができます。

Dscf1125 この花火大会を見ているとふと見上げてみると大きなお月様が姿を見せていました。

どこにいても同じ大きさに見えるこのお月様は果たして何尺なんでしょう?

このお月様も、光り輝く星たちも時間制限なく見ることができます。

花火が見れなくても他の楽しみ方もできますのでどうぞお出かけください。

2006年8月 6日 (日)

要害発 地域活動(河川清掃)

Dscf1089_2 「早起きは三文の徳」を実践しているのは私を除く3人の息子と教育係の女房のみとなりました。

とはいえ朝の5時から三男の奇声やら、宿題がわからないときに女房を呼ぶ必要以上の大声に2階でゆっくり寝ていられるはずがないのが現状で、

子供たちに遅れること1時間としないうちに私も1文くらいの徳を探して起きる日課が続いております。

そんな訳で今日はチェックアウトのお客様を横目に見ながら長靴に、手袋、長袖、長ズボンの完全武装にて恒例の河川清掃に出かけてまいりました。

Dscf1097 大人の腰丈以上にこの時期の雑草の成長は早く、暑く照りつける太陽とミネラルたっぷりの相川の清流で憎たらしいほどに育っております。

当然この河川清掃は町内全戸が出動して行うもので高齢化が進んでいる当地では気の毒になるくらいのお年よりも出てくるわけであります。

私どもが8時30分の集合時間に現地に到着すると既に半道中終わっており、軍手しか持ってきていない我々の持ち場はほとんど残されておりませんでした。

Dscf1094_1 この相川のには未だに昔のかわら遊びがそのままできるくらいの自然が残っており、この日は草刈機では刈ることのできない川の石垣の草を剥ぎ取る作業を子供たちと行いました。

上記の写真はびしりと一面に草に覆われている石垣のでこのあとの作業によって気持ちのいいくらいきれいに剥ぎ取れるものです。

毎年この時期の草刈には深く生い茂った草の中から何が出てくるかわからないので慎重に確認しながら草を剥ぎ取るのですが

Dscf1096_1 びっしり生い茂っていた一面の草も5分もしないうちにきれいに壁面をあらわすまでになりました。

この湿気を帯びた草の根っこは川に生活する生き物たちにとって絶好の住まいであり、この日もさまざまな生き物たちに遭遇することができました。

Dscf1090_1 最初に出会ったのが見たこともないような蜘蛛で、お腹の部分には卵らしきものを抱えており、発見した子供が大声で「蜘蛛だ」そのあともカエル、カマキリ、カニ、ハヤ、ムカデ、トンボと虫に遭遇するたびに大声を発するものだから近所のおじさんに「仕事やってるか」などと冷やかされる始末でありました。

Dscf1092_1 この川原のなかで一番よく目にするのがカニであります。

草の根っこを剥ぎ取ろうものなら数え切れないくらいのカニが横歩きに出てまいるのです。

そんなことで子供と観察をしているうちに1時間の作業時間が終わりを迎えてしまいました。

Dscf1099_1 ほとんど何もしなかったかもしれませんが、自分たちの住む地域の活動を少しでも子供のうちから理解してもらい、誰かがしなければ同じきれいな環境では生活できないこと、共同生活の大切さを体感してもらったことと期待している。

来年以降も二人の息子が手伝ってくれることを期待したい。

朝早くからお疲れ様!

2006年8月 5日 (土)

山梨発 老舗ワイナリー 和との調合

Dscf1060 ちょいとお暇をいただいて南フランスのワイナリーへ行ってまいりました。

当館から10分の場所にあるこのワイナリーは甲府駅から徒歩5分にあって一歩場内に立ち入るとフランスにいるのではないかという錯覚を感じさせてくれる場所であります。

そんな訳で冒頭「南フランス」などと真っ赤な嘘をついてしまったわけです。

ワイン王国山梨において老舗中の老舗、山梨では一番有名なワイナリーがここ「サドヤ醸造所」であります。

山梨で一番ってことはワイン生産日本一の県ということですから「日本一のワイナリー」がここサドヤってことになるわけです。

甲府をおとづれた際は是非足を運んでみてはいかがでしょう?

Dscf1061 塀に囲まれた広々とした場内に一歩はいると右側に樹齢測定不明なほどの立派な「ヒマラヤスギ」が出迎えてくれる。

更に運がいいと門の前を通り過ぎる名門山梨英和の女学生の登下校などに出くわすとちょっとラッキーな気分にさせてくれる。

門から建物までのアクセス道路が長いのもフランスらしさと、ゆったりとした時間の流れを優雅に感じられる構造であります。

アクセス道路左側には日本庭園、更には「パピヨン ドウ サドヤ」というフランス料理のレストランがあり、和仏の調和をレストランからは楽しめる仕組みとなっている。

隣接のワインショップではワインの直売が行われており、セラーの見学も受け付けている。

ショップ前に置かれたワインの圧搾機はワイナリーにいることを感じさせてくれる

Dscf1063 地下のセラーへと続く階段のコンクリート壁にオレンジ色の電球がとってもそのセラーへの期待を高めてくれる。

一歩立ち入るとひんやりするその中は昨日36度を記録した屋外から比べると別天地であり、2度と出たくなくなってしまう甲府の隠れた「避暑地」かもしれない。

Dscf1066 セラーの中の壁にはアンテイークなワイングラスや、ビンテージもののワイン、コルク抜きなどが飾られており、その歴史の古さを感じさせてくれる。

あとは整然と並んでいる熟成中のワイン樽からとびきり上等のワインをタートヴァンに注いでテイステイングするばかり

といくのが普通の目的でここを訪れる方なのでしょうが、昨日ばかりはちょっと流儀が違っておりました。

Dscf1069 昨日はなんとこの地下のセラーを利用してお茶会が開かれたのであります。

ワイン樽が並べられたセラーの手前にはお茶をたてるセットが並べられ、お茶の香ばしい香りがワインの香りを消し去り、和菓子が出され、和服をまとった雰囲気のある女性が次から次へとセラーを訪れてお茶を楽しんでいかれました。

Dscf1068 青年会議所の絡みで参加しているこの茶会は「リレー茶会」といって日本全国を毎日持ち回りでお茶会を開いていくもので昨日が当地甲府での開催となったわけです。

お茶の心もなく、服装も中途半端であった私は当然涼しいセラーから出たところで駐車場係りをしていたことを報告させていただきます。

かくして仏の文化と和の文化の意外な融合を感じることのできた一日でありました。

サドヤ醸造所のお問い合わせは055-253-4114

2006年8月 4日 (金)

山梨発 JAZZ

Dscf1057 石和温泉の「糸柳」でジャズコンサートが行われました。

同じ無尽会(毎月1度会食をしながら友好を深め、情報交換などをする会)の仲間である同社の内藤社長の趣味が高じて大々的に開催されて2年目を迎える、大物アーチストを招いて1週間開催するもので、一日2部の入れ替え制で飲み放題6000円のコンサートです。

この日も1部、2部ともに満員に近いお客さんの入りで、なかなかジャズを聴くことに慣れていない人から、ジャズ通までジャズの調べを楽しんでいた。

Dscf1051 「ジャズ」というと私の人生の中ではあまり聞きなれないジャンルの音楽でありますが、高校を卒業するころ甲府の中心街にありましたジャズ喫茶[ALONE」がお気に入りで、当時背伸びをしてコーヒーに、ジャズに、タバコが大人への登竜門のように勝手に解釈して聞いてもわからないジャズを友達と一緒によく通ったものでした。

現在もALONEは風貌を変えて「ライブハウス兼喫茶兼BAR」のような存在で営業しております。

私が通っていたころは壁一面にレコードが立てかけられており、店内は薄暗く、まさにジャズ喫茶(定義はわからないが)そのものでありました。

「ジャズは喫茶店で聴くもの」くらいに思ってきた私が、初めて本場のジャズを聴いたのが今から20年近く前のニューヨークでした。当時ニューヨークの商社に勤務していた従兄弟が「ブルーノート」という老舗に連れて行ってくれたのだが、一歩外にでると危険なような場所にタクシーで乗りつけ、店内に入るとそこには別な空間が我々を待ち受けており、かなり広い場所をイメージいいしていた自分にとって拍子抜けするくらいの狭い中で観客と奏者が一体感を感じながらお互いが楽しんでいる、観客も乗りのりで、手拍子あり、指笛あり、立ったまま踊りだすものありで、ジャズの楽しみ方を知っていることがよくわかったものだ。当然黙ってそのジャズを聴いていたのは我々だけであって、そのアメリカナイズされた従兄弟も合いの手のような英語のスラングのような歓声をかけていたのが思い出される。

Dscf1055 そういった意味ではまだまだジャズの楽しみ方は日本には輸入されていないように感じたが、それもまた文化の違いなのかな?

先日行った清里のバレー同様本物って言うのは興味のない分野のものでも人の心を討つものだということをあらためて感じて帰ってまいりました。

2006年8月 3日 (木)

要害発 早起きは三文の徳

Dscf1049 本日は5時に起こされました。

S無しクラブ(学校の成績表の評価で一番評価が高い位がS、ちなみに私が大学時代同じく最高位の優がない人をレイ優会と呼んでおり、私も最後までレイ優会を貫き通しました)

の我が家の子供が宿題をする時間がなくてはいけないと教育ママごん(彼女は成績はよかったとか?)の提案で5時起きが始まったわけです。

昨晩は笛吹市へ虫取りに行って帰りにラーメン屋さんで食事をとってそのまま「亀田興穀」の世界戦も見ないで寝たために何の抵抗もなく起きれたわけですが。

せっかくだからそのラーメン屋さんも紹介しておきます

石和温泉の中にある「居酒屋 ラーメン 将」という店で何がお勧めかというと、ずばり「餃子」であります。「スマロ」なきあとお美味しい餃子を食べたことのない山梨県人の捜し求めていたものがこの店できっと見つけられるはずです。

焼き方が「スマロ流」の円形になるように焼き、皮はパリパリ、中身はジュワー、6個いり一人前400円のコストパフォーマンスが付けばお土産の冷凍餃子を売っていることにもうなずけるはずです。

あっという間に餃子好きの子供たちによって平らげられたわけですが、この日ばかりは私も2つほど口にすることができました。「旨い」「ビールも旨い」「サワーにも合う」

「結局私が運転手ナンジャン、そのために連れてきたんだね」「やばい、ばれた」女房のお叱りを受けながら帰りの車の助手席で寝入ってきました チャンチャン。

※餃子の写真は後日掲載します。

Dscf1046

話がづれたわけですが、5時に起きると真夏だというのに外の空気の冷たさがいろいろなことに対する「やる気」というものを駆り立ててくれます。

農作業をする人たちが早くから行うのも仕事がはかどるからなのでしょう。

子供の宿題もかなりはかどったことでしょう。

1時間のエクストラアワー(早起きしなければ無駄に過ぎてしまう時間の意味)を利用して私は部屋の片付け、車のトランクの整理をすることができました。

子供のエクストラアワーが終わるとこれからは通常の夏休み日程の始まりです。

6時15分3人の子供を連れて当館より車で3分の「漁場」へ虫チェック。遊びの天才私の弟が教えてくれたクヌギの木に以来毎日足を運ぶ羽目となっております。

「釣果」?=「虫果」はカブトムシオス一匹、しかしながら毎度行くごとに必ず何かしら取れるのがこの漁場の不思議なところです。

夏休みにお子様連れで来られる方にはご案内いたします

Dscf1048 虫取りが終わった後は近所の公民館で行われているラジオ体操への参加です。

昔は大勢の子供がいて何箇所かに分かれて行っていた体操も今では10人ほどの子供が一箇所に集まってするにとどまっております。

ここセキスイジでも少子化が進み、高齢化がその数倍の速さで進んでおります。

しかし朝早く起きて普段動かしていない体を動かすことは歳をとった人間にとって「暖機運転」代わりになり、いつまでも故障しないで体を使い続けることにつながるかと思います。

6時45分には帰宅し、うっすらかいた汗を冷たいシャワーで流していただく朝食の旨いこと美味いこと、(普段も十分美味いんだけど)朝から脂肪を燃焼するといわれている「シソの葉」を10枚納豆と一緒に平らげて準備完了。

エクストラアワーを十分に満喫し、有効利用して本日も一日乗り切りたいと思います。

ブログの更新も早いこと早いこと。

2006年8月 2日 (水)

要害発 お盆さん

Dscf0950 ここはどこでしょう?

誰のお墓でしょう?

答えは武田信玄公の墓所であります。

当館より車で5分の甲府市岩窪町にあります。

恥ずかしながらにこれまで「その辺にある」ことだけは知っていたのですが、お客様に聞かれても「その辺です」としか答えたことのなかった場所でありました。

武田信玄公に生かされている、恩恵をこうむっている人間として恥ずかしい次第であります。

Dscf0955 この墓所を発見する機会となったのが先日行われた「相川消防会館の地鎮祭」に出席した折でありました。

開式時間の1時間前の集合は訓練でもなく、火災でもないのに暑い夏晴れの朝にはちょっときつかったわけですが、おかげさまで空いた時間にこの信玄公の墓所を探し当てるにいたったというわけです。

この消防会館予定地の目と鼻の先にこの墓所があるわけです。

当日は神官は武田神社より来ており、さらに神事の際の低頭の延長線上にはこの武田信玄の墓所があることが何か深い意味があるように感じたのは多分僕だけでしょう。

Dscf0951 さすがは当地を代表する英雄の墓だけのことはあって門構えもなかなかのもので、来年山梨を舞台に繰り広げられるNHK大河ドラマ「風林火山」で山梨ブームの再来を見守ってくれているものと信じておきます。

信玄公の菩提寺は甲州市にあります「恵林寺」が有名なわけですが、ここ躑躅が崎の館に程近い場所にも分骨したというわけであります。

消防の神事に先駆けて墓前に丁寧にお参りしてきたわけであります。

Dscf0954 詳しい場所は左記の地図をご参照いただけたら幸いです。

この墓所の右手奥にあります「円光院」には三条婦人の墓所もありますので当地を訪れた際は是非墓参されることをお勧めいたします。

やっぱりなんといってもご先祖様は大切ですからね。

当地では8月の1日にお盆さんをお迎えする「迎え火」を炊く風習がありまして、昨晩がそれに当たる日だったわけですが、夕方から庭でバーベキューとなってしまい、すっかり忘れてしまったわけです。

昨日は日中当家のお墓の掃除をし、万全の体制でお盆さんをお迎えしようとしていたのにうっかりしてしまったわけです。

今朝起きて早速一日遅れの迎え火を炊いておきました。

昨晩のBBQの火が迎え火になっていたなどと勝手な解釈をしてご先祖様に侘びを申したつもりです。

「ご先祖様に生かされて」生きております。

2006年8月 1日 (火)

山梨発 フィールドバレー

Dscf1007_1 17回目を迎える清里フィールドバレーに昨晩行ってまいりました。

これまで地元でやっている山梨を代表するイベントに16年間行ったことがなかったことに不思議な感じすら感じながら、

大学の同窓会(毎月開催)の行事の一環として家族同伴OKということで子供たちを連れて行ってまいりました。

このフィールドバレーは船木丈次氏(既出)が主催するイベントで、山梨県の北にある、長野県と隣接する清里の地で行われております。

Dscf0999_1 清里は一昔前「きよさと」という言葉が社会現象に近いものになったことを覚えていらっしゃる方も多いかと思うくらいのブームで湧き上がり、ペンション、ホテル、お土産やさんで、シーズンともなると国道は渋滞、ホテルは満員、レストランには長蛇の列、商売するじゃ清里でとまで言われたくらいの場所であります。

その後ブームが少し下火になり、多くのペンション,土産店が店を閉じる中船木氏はじめ多くの方の努力によって現在また盛り上がりを見せようとしている場所であります。残念ながら「清里」を山梨ではなくて長野だと思い込んでいる方が多くいらっしゃることも事実であります。

Dscf0998_1 フィールドバレーが行われるのは清里の中にある「萌木の村」という場所であり、この入り口には船木氏が経営するROCKというアメリカ開拓時代を髣髴とさせる喫茶店が昔からあり、大学時代などにはよくドライブでこの場所を訪れたものでした。

さらには隣接するホテルハットウオールデンは家族で訪れては特製のカレーをよくいただいた思い出がある場所であります。

Dscf0997_1 この日は家族を連れて行ったわけが二つあり、ひとつはこの山梨で行っている全国的なイベントであるバレーを子供たちに観てもらい、感動、感激を味わってもらいたいことが一点。

そして一番の理由はバレーの前にこのリニューアルされたROCKで「飲みたい」からでありました。

この日は全国地ビールコンテストで1位をとった生ビールに、地元産のジャガイモ料理、ウインナーに、ピザと観劇前のひと時を過ごすには十分な内容でありました。

大学の同窓の中に我が家の息子のクラスメイト2人が含まれていたこともこの日に子供を連れて行くきっかけの一つでもありました。

Dscf1017_1 つまみの旨さと、ビールの旨さで開演ぎりぎりまでROCKに居座った我々は8時ちょっと前にあらかじめ持参した毛布に、ベンチコートなどを脇に抱え清里の森へと向かいました。

夏のこの時期でも夜ともなると毛布がなくては観劇などできないほどの涼しい気候は同じ山梨にいることを疑いたくなるほどの「快適」とはいえない寒さを我々に感じさせてくれたと同時にうっそうと茂る深い緑色の木々の合間に突然開けたようにそそり立つステージの大きさがその幕開けの近いことを我々に知らせてくれました。

Dscf1016_1 「親指姫」を題目にしたこの日のプログラムはバレーを知らない私(正確には新婚旅行でオペラを観にいって二人で大寝入りしてしまった我々)にとっても、その雰囲気を観ただけで、興味を引くのには十分なものでありました。

上記の写真からもわかるようにその幻想さは無理とピントをずらして撮った写真の技術から皆様にも十分に伝わることと思います。

開演前に主催者の船木氏の挨拶では普段とは違った船木氏のこのバレーに賭けて来た情熱と「本物を山梨の人に観てもらい、東京の人にも山梨の本物を観てもらいたい」そんな観光山梨を実際に仕掛け続けている男の「自信と、誇り」を十分感じる挨拶でありました。

Dscf1020_1 40分間の1部と2部の間に20分間の休憩があり、周りに用意された屋台やら、既存のショップで幕間の余韻を楽しむ人々で賑わっておりました。

そんな中ひときわ人の流れが向かう場所が小高い丘の上にあります。

その先には「メリーゴーランド」があるのです。それまで観ていたバレリーナの動きとどことなく重なって見えるのか?今まで真っ暗闇であったところに突如として表れたきらびやかな幻のような賑やかさを求めてか?普段の昼間の遊園地では避けて通るような乗り物もこの場所、この雰囲気、状況に置かれるとまさに主役と化しておりました。

メリーゴーランドへ向かう途中ヴァンフォーレの大木監督と合い、「はじめてきたけどバレーはいいですね」の言葉に対して「ヴァンフォーレのバレーにもいつも感動してますよ」などとたわいもない話をしていたためにメリーゴーランドには乗りそびれてしまいました。

Dscf1023_1 2幕へと向う道から見た会場はまさに森の中に突如として現れた一夜限りの幻想的な舞踏会といった感じのもので、清里でなければ、山梨でなければ経験することのない贅沢なものに誰の目にも映ったはずです。

東京ではせいぜいやっても3日ほどの公演がここ清里では2週間もの公演が成立することこれは行った人にしかわからないものだと自分にも理解できました。

Dscf1028_1 当初恐れていた三男の「ご機嫌」ですが私の子供とは思えないよい小ぶりを見せ、2幕終了までバレーに見入っていました。

公演終了後はカーテンコールで出演者が登壇するわけですが、この場面でも多くの花束が舞台へと届けられて、感動のバレーは終了しました。

フィールドバレーは当館より車で1時間ほどの清里の地で8月9日まで開催されております。

是非一度はこのバレー観ておく価値ありです。

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