要害発 要害山続編
登り始めてから20分もすると急だった坂道が少しだけなだらかになり、カーブなりに進むと平坦な広場に出くわした。
「門跡」である。
門柱があったことが確かにわかる場所である。
この場所には屈強な兵士が門番として24時間体制で警備に当たったのであろう。
いまでは点在した石がその名残を感じさせてくれる。
いよいよ頂上まであとわずかといったことも伺える。
門を通り過ぎてカーブを3つほどであろうか曲がったところに不動曲輪が祭られている。
私の父は71歳にして毎週時間があるとここまで散歩と称して登ってきている。
既にこの時点でひざが笑い出した私自身が情けなく思われる。
不動曲輪の奥のほうに本日の目的地になった「武田不動尊」が祭られている。
毎年祭典も行われ、武田の守護神的存在として要害城を守り続けてきたのであろう。
不動尊はいつ建立されたものなのかは定かではない(正確に言うと調べていない)が裏に刻まれた文字が長年の風雪によってかすれかけているものの「○○ざえもん」なる名前が読み取れたことからもそれなりの歴史はある。
この不動尊は甲府盆地の方向を向いて仁王立ちしていることから、「甲府の守り神」と私の中では決めており、16年前父が市長選挙に出馬したときにこの場所から拾っていった甲府市の形をした石をお守りに今ももち続けている。
不動尊をゆっくりと眺めたことなどなかったわけであるが、不動尊のまわりの炎のような模様が、大河ドラマ風林火山のなかで使われているそれとラップして思えた。
ドラマの中で初回に積翠寺は紹介された。その後要害山も出てきてはいるもののロケ地のそれとすりかえられており、本当のこの場所でやってこそ視聴率が上がるって物だとNHKの関係の方に直訴したことは却下されたようである。
機材運ぶのくらい手伝ったのにな。
接写では全く何だかわからないこの石積み、これは不動尊より徒歩3分ほどの場所にある水のみ場(井戸)である。
標高700メートルの場所に一年中枯れることのない井戸があるってことも、400年前にそれを掘り当てた?湧いていたのかもしれませんが、いずれにしてもこれまた歴史を感じてしまうわけであります。
子どものころ登ったときにはこの井戸の中にサンショウウオが住んでいて、400年前から住み着いているのかな?などと子供心に不思議に思ったものでした。
山梨100名山にも選ばれたこの名城「要害城」奇城としても有名であります。
今回紹介した以外にも「熊城」と呼ばれる部分もあったりハイキングコースとしても十分楽しめる場所であります。
この機会に是非お立ち寄りください。



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